今週のアメリカも自然災害から、関税問題まで様々なニュースがあった中、NYを震撼させたのが月曜午後6時にミッドタウンのオフィス街で起こった
銃撃事件。
その後明らかになった事件の全容によれば、現場で自らの命を絶った容疑者 シェーン・タムラ(27歳)は 高校時代には嘱望されたフットボール・プレーヤーで、
犯行の標的はビル内にヘッドクォーターを構えるNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)。怪我で選手生命が絶たれた彼に失望した父親から、コンスタントに精神的な苦渋を強いられた彼の
犯行動機は、怪我の後遺症として彼が患った慢性外傷性脳症のリスクを隠蔽し、プレーヤーに対する法的責任を追わないNFLへの怒りと抗議。
タムラが所持していた手紙には、「自分の脳を解剖して慢性外傷性脳症について調べて欲しい」と書かれていたこと。
彼のように精神疾患を持つ人物は 銃の購入が出来ないにも関わらず、タムラは犯行に使用された戦闘スタイルのライフルを合法的に購入しており、
この事件には 子供を歪ませる親子関係、弱者を切り捨てて利益を追求する大企業、精神疾患を持つ人々への不十分な対応、
一貫性の無い銃規制等、現在のアメリカ社会が抱える様々な問題が凝縮されていると言えるのだった。
金曜に発表されたアメリカの雇用統計によれば、7月に生まれた新しい仕事は予測を大きく下回る73000。失業率は前月比で0.1%アップし、4.2%となったけれど、
この数字を疑いたくなるほど、大手企業を中心に急ピッチで進んでいるのが従業員の大幅削減。
2025年は2月末の段階で、米国企業が22万人の解雇を表明しており、
これは2009年の日本で言うリーマン・ショック直後と並ぶ規模。
マイクロソフト社は1万5000人、IBMは9000人、ドロップボックスは全体の20%、JPモルガン・チェースは10%、ビジネス・インサイダー誌は21%の従業員解雇を表明しており、
アマゾン、シティグループ、ディズニー、ワーナー・ブラザース・ディスカバリーも 2025年に入って大幅人員削減計画を明かした企業。
これはAI導入による合理化に伴う解雇で、米国最大の民間雇用主 ウォルマートは、技術、営業、広告部門で1,500人のレイオフを発表。
家庭用品の大手P&G(プロクター・アンド・ギャンブル)も、製造業以外の従業員の15%に当たる7000人の解雇を発表。
P&Gの向こう2年に渡るリストラ計画の対象には、中間~上級管理職も含まれており、削った人員以上に削減が見込まれるのが人件費。
これらの例からも分かる通り、現在解雇されているのは大学卒業資格を持つホワイトカラー職。
AI導入によって、データ入力やカストマー・サポートといったエントリー・レベルの仕事が激減していることを反映して、新卒者の失業率は現在6%と過去最高レベル。
エントリー・レベルで雇用されている従業員は、真っ先にレイオフの対象となっており、企業が新たな人材を育てる意志が無いことは、新卒者採用を控える企業の増加にも反映されているのだった。
事実、大手銀行は新卒採用制度の廃止に向かう傾向にあり、法律事務所はパラリーガルをAI駆動型ツールに置き換えている真最中。
ITのスタートアップ企業の殆どは、ジュニア開発者を雇わず、その仕事をコード作成ロボットに任せるのは今や当たり前。
フェイスブックの親会社で、AI開発に力を入れるメタでは、既に2023年の段階でエントリーレベルのソフトウェア職が枯渇していたとのこと。
ある程度の経験と実績がある従業員に対しては、AIを導入した業務自動化と、効率アップが促されており、
企業にとって 「AI導入で業務効率が20~40%アップする」ことは、「従業員を20~40%削減できる」ことを意味するのだった。
大企業がAIを導入して従業員を大幅に削減すると言えば、かつては企業イメージや、社会的体裁が悪くなったものだけれど、
それに恰好の言い訳を提供しているのがトランプ政権の関税措置。
トランプ関税によって輸入、生産、流通等のコストが上昇する現在、AI導入は健全な経営を保つためのコストカットの一環と見なされるのだった。
既にAIはレポート作成、スプレッドシートの分析、法的契約の作成、ロゴ・デザイン、プレスリリースの草稿作成までを数秒でこなす優秀さ。
それが「エージェントAI」と呼ばれる最新AIになると、従来以上に自律的に動作し、環境を認識し、目標を設定し、計画を立てて実行してくれるので、
もはや「AIを仕事で使いこなす」というより「AIに仕事自体を丸投げする」というレベル。
市場動向を把握し、物流業務を遂行し、法的契約書を作成し、患者を診断するなど多岐で導入が進んだ結果、生まれたのが「AIファースト」というビジネス・スローガン。
これは文字通り人間よりAIを優先的かつ積極的に導入すること。
AI導入により従業員を40%削減したEコマース・プラットフォーム Shopifyやアマゾンは、新たな人材を雇う場合、その業務がAIでは不可能であることを立証する必要があるとのこと。
そのアマゾンは、世界各地の300を超える施設に導入した作業ロボットが 今年7月段階で100万台を超え、世界最大のロボット・メーカー兼ロボット運用会社としての地位を固めたばかり。
2012年から作業ロボットを導入してきたアマゾンは、生成AIを導入した新モデルの導入を計画中で、実現すれば配送がスピードアップするだけでなく、大幅なコスト削減にも繋がるとのこと。
アマゾンのウェアハウスでは、最大550kgを持ち上げるロボット、注文を受けて施設内を移動する完全自律型ロボットが導入されて久しいけれど、
そこまでロボットが進化する前段階でも、人間スタッフが誤ってクマ撃退用スプレー缶を破損して 倉庫内にガスが充満した際、人間スタッフが全員避難する中、ロボットだけは業務を続けていたというエピソードもあるのだった。
7月21日にオープンしたテスラ・ダイナーでも、テスラ製ボットがポップコーンを配る様子が伝えられるけれど、AI搭載ボットの導入が広がると、ホワイトカラーだけでなく、
ブルーカラーの仕事もやがては消えて行くのが宿命。
AIやボットは、経営者にとっては 導入コストさえ払えば 給与、年金、健康保険、退職金、労災等を支払う必要がなく、組合を作って経営者と対立することもなければ、
病気にもならず、文句も言わずに24時間、クォリティを落とさずに働く存在。経営者が「AIファースト」を掲げるのは当然の成り行きと言えるのだった。
向こう2年以内に、多くの企業がホワイトカラー従業員の30%を解雇すると見積もられる中、フォードCEOジム・ファーレイは「AIがホワイトカラー・ジョブの50%をカットする」と予測。
AI企業 アンスロピックのCEO、ダリオ・アモデイも、「失業率が10~20%に達する時が迫っている」と警告する一方で、
経済学者たちは AI導入で失業者が増え、国民の支出が激減し、社会不安が高まることで 「AIリセッション」に突入する懸念を表明。
しかし既にAIが導入された分野に人間の労働力が戻るとは考え難いだけに、
生計を立てる手段がない大勢の失業者のために、遂に導入せざるを得ないと言われ始めたのが ユニヴァーサル・インカムとユニヴァーサル・ヘルスケア。
AI改革は、「産業革命並みの大変化が 産業革命の数百倍のスピードで起こる状況」と言われるだけに、
早くも2028年の大統領選挙の争点として 「AI失業対策とユニヴァーサル・インカム」を挙げる人々が若い世代を中心に増えてきているのだった。
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執筆者プロフィール 秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。 |
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