Oct 5 ~ Oct 11 2025

Tilly Norwood Goes to Hollywood
初の本格AI女優、ティリー・ノーウッドの物議と社会的悪影響


今週のアメリカは、政府シャットダウンが2週目に突入。そして事前に見込まれた通り、無休で働かなければならない空港管制官不足がいよいよ深刻化。 カリフォルニア州ハリウッド・バーバンク空港では、管制塔に管制官がいない状態が数時間続き、国内線は今週月曜から水曜の3日間に1万3000便が遅延という最悪の状況。 激怒する航空会社幹部と乗客達が審議再開にもたつく下院に圧力を掛けていたのだった。
でも今週最大のニュースは、過去丸二年続いたハマス・イスラエル戦争が、生存している人質全員釈放を含む条件の合意で、ようやく終結の段階を迎えたこと。 2023年10月7日にガザ地区フェンスを突破したハマス戦闘員によってユダヤ人1,200人が殺害され、250人が拉致されるというホロコースト以来、ユダヤ最多の犠牲者を出して始まったこの戦争は、 ガザ地区住民200万人のほぼ全員が避難を余儀なくされ、建物の殆どが破壊され、イスラエルの爆弾と銃弾によるパレスチナ人死者は6万7,000人以上、その約3分の1が18歳未満。 国連はガザ地区の50万人が飢餓の危機に瀕していると推定しているのだった。



人間と競合する初の本格AI女優の出現


先週からハリウッドで大物議を醸しているのが初のAI女優、Tilly Norwood/ティリー・ノーウッド。 SNS上にAIインフルエンサーがどんどん登場してフォロワー数を増やし続ける中、ティリー・ノーウッドは、 映画制作と人工知能を融合させる英国企業、Particle6が手掛けた最初の作品。
物理学者、コメディ女優という異色の経歴を持つParticle6の代表、エリーネ・ファン・デル・ヴェルデンによれば、ティリーは映画スタジオにとって最も理想的な女優。歳を取ったり、体重が増えたりすることも無く、24時間いつでも文句も言わずに働き、ギャラの交渉や特別待遇、ボディ・ガードも必要無い訳で、「ティリーを次のスカーレット・ヨハンソンやナタリー・ポートマンにしたい」との意向を語っているのだった。
Particle6にはAIタレント部門 ”Xicoia”が存在しており、10種類のAIプログラムを用いて、ティリーの顔と演技を何ヶ月もかけて調整し、ティリーが泣いたり、笑ったり、様々なジャンルのセリフを言う様子を収めた動画を公開。人間の女優と同じように演技し、プロンプトによって様々な再プログラムが可能であること、すなわちどんな演技にも対応出来る様子を提示した結果、既に複数のタレント・エージェンシーからアプローチが寄せられているという。
これに対して全米俳優組合(SAG)は「ティリー・ノーウッドは俳優ではない。人格も経験も持たないコンピュータープログラムが 現存の俳優の演技やルックスを無許可かつ、無料で盗用した学習によって生成されたキャラクターだ」と反発。しかしParticle 6は、ティリーが 叩き台ゼロの状態からオリジナルのクリエイティブ工程で開発されたと主張。ティリーを「人間の代替品ではなく、創造的な作品」と位置付けているのだった。

ティリーの出現により専門家が危惧する社会的悪影響が3つあり、 まず1つ目は ティリーがハリウッドにおける俳優、特に女優の労働価値を著しく低下させる懸念。
データ&ソサエティの労働未来プログラムの研究者は、Particle6が公開したティリーの演技ビデオを観た男性が 「彼女は自分の言うことを何でも聞く。僕はもうゾッコンだ」と語ったのを聞いて「大きな不安を覚えた」とコメントしているけれど、これが意味するのは 業界が「従順で、美しく、労働条件に文句を言わず、権利等を一切主張しない若い女優」を求めているということ。 ティリーは、複数の撮影現場の掛け持ちが可能なだけでなく、彼女同様の俳優は既に40人が開発段階。既にスターとして知名度を持つ女優でない限り、人間の女優は ティリーに仕事を奪われようにするために 「AIを遣うより安上がり」な厳しい労働条件や、#MeTooムーブメントで収まり掛けたセクハラを受け入れざるを得なくなることが見込まれ、 若く、将来を嘱望される女優ほど「AIで代替が効く存在」に成り下がるリスクが高いのだった。



ティリーを世に放つ 危険なタイミング


危惧される2つ目のポイントはティリーが女性の美の概念を歪めながら、非現実的なステレオタイプを確立すること。 ワシントン・ポスト紙が主要なAI画像生成ツール3つで調査した結果、生成AIにとって ”美しい女性”とは、若く、スリムなボディで、白い肌の持主。 既にTikTok、フェイスブック、インスタグラム等のSNSでアカウントを持っているティリーのイメージが、人間のインフルエンサー以上に若い女性のルックス追求欲、自分へのコンプレックスを高める要因となるとことが懸念されているのだった。 アメリカでは20代からボトックスやヒアルロン酸注射を打つ女性、太っていないのにオゼンピックで痩せようとする女性が多く、パーソナル・ベストよりも 世間一般の美のスタンダードに合わせなければという強迫観念は、ビューティー・バーンアウト症候群という社会現象まで生み出しているのだった。

そして3点目の危惧は、例えAIであっても 自分の意のままに服従させられる若く、美しい女性が存在することが、男性心理にもたらす悪影響。 今後は現実社会とAI生成の区別がどんどん曖昧になって行くだけに、ティリーのような存在が若い男性、それも女性との接点が少なく、歪んだ女性観を持つジェネレーションZの若い白人男性の 男尊女卑、白人男性至上主義に益々拍車を掛けるのは必至。 ティリーが今後インターアクティブ・エンターテイメントに導入されれば、彼等にとって現実とAI生成世界の区別がつかなくなっても不思議ではないのだった。
死後に美化されているチャーリー・カークの有名な主張の中に、「今の教育は非常に女性的だ。75%の教師が女だ。自分は男だから女に命令されるなんてまっぴらだ。」というものがあるけれど、テイラー・スウィフトにも「結婚したら夫に服従して、夫の姓を名乗れ」と言っていた彼が、Z世代の白人男性から絶大な支持を得たのは、女性と関係が持てないのは「お前達が悪いのではない、悪いのは女だ」という女性叩き&男尊女卑をあたかも正当な保守メッセージとして訴えたため。そうした主張がまかり通ってしまう中、ティリーのような服従型美女を世に放つのは「社会悪以外の何物でもない」というのが専門家の意見なのだった。

Particle6が男優をクリエイトしていたら、社会の反応は若干変わっていたかもしれないけれど、いずれにしてもティリー登場のインパクトが これまでの生成AIより遥かに大きいのは、 ティリーが人間に匹敵するスターを生み出そうとした初めての試みであり、人間と競合する存在であるため。 歳を取らず、美しく従順、完璧であり続け、決してファンを失望させないようにデザインされたティリーは 俳優としてだけでなく、女性像の概念としても人間と競合する存在。
特にAIが「友人よりも信頼出来る話し相手」と認識される現在、女優のように最初から偶像化された存在は AIがそのお気に入りのオプションに加わるのはさほど難しくないこと。 既にネット上では、「ボトックスやヒアルロン酸注射で作り物にしか見えない人間の女優達より、ティリーの方がよほど人間らしく見える」との声が溢れている状況。 Particle6の代表、ファン・デル・ヴェルデンは「観客が俳優に求めるのは魅力や演技であって、血が通っている事ではない。 AI俳優の時代は既に到来している」と宣言しているのだった。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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