今週のアメリカの最大の報道は火曜日に全米各州で行われた選挙で、
世界中で大きく報じられたNY市長選挙だけでなく、ヴァージニアやテキサスではこれまで民主党が勝利したことが無かった選挙区で
民主党が大差で圧勝。シンシナティではJ.D.ヴァンス副大統領の異母兄弟が市長選で現職民主党候補に大惨敗。
昨年の大統領選後には半死半生だった民主党が、僅か1年でここまでの復活を見せたのは 今年1月のトランプ政権発足時には全く予想できなかったことなのだった。
トランプ氏はその敗因の1つにアメリカ史上最長の政府シャットダウンを挙げていたけれど、政府職員の給与が払われず、貧困層の食糧援助がストップした週末に
トランプ氏がマー・ラゴに富裕層を招いて行ったのが ”華麗なるギャッツビー” をテーマにした豪華なパーティー。そのスローガンは
「Little Party Doesn't Kill Anyone/ ちょっとぐらいパーティーをしたところで誰が死ぬ訳でもない」という国民の神経を逆なでするもの。
さらにホワイトハウス・イースト・ウィングの完全解体のショックが冷めやらぬ今週、トランプ氏が公開したのが ホワイトハウスで最も歴史あるリンカーン・ベッドルームに隣接した
リンカーン・バスルームを突如 大理石の床と壁、ゴールド・ハードウェアのトランプ・テイストで改装した様子。
これらは、”トランプのマリー・アントアネット・モーメント” として報じられたけれど、4200万人のアメリカの貧困層への食糧援助に消極的なトランプ政権が
アルゼンチンの経済救済にはあっさり200億ドルを約束し、国内の牛肉業者が経営難を強いられる中、大統領の一存で決めてしまったのが そのアルゼンチンからの
救済を兼ねた牛肉輸入。 同時にヴェネズエラに対しては麻薬密輸を理由に、ナイジェリアに対してはキリスト教徒迫害を理由に不要かつ不法と見なされる戦争を仕掛けようとしてるのが現在のトランプ政権。
移民局による暴力的な移民狩りも悪化の一途を辿る中、物価は上がり続ける一方で、
今回の選挙で共和党が惨敗する理由は山のようにあるのだった。
米国政界で大統領に次ぐパワフルなポジションと見なされるNY市長に、イスラム教徒のゾーラン・マムダニが NY史上最年少(34歳)で当選したのは
世界中で報じられたサプライズ。
ウガンダ生まれで、インド人の両親と7歳の時にアメリカに移住した彼は、2018年に米国市民権を取得。スペイン語、アラビア語を含む4か国語を流暢に話す元ラッパーで、
”民主党の社会主義者”を自称する彼が、無名の州議会議員として今年2月に選挙活動をスタートした時点の支持率は僅か1%。
そのマムダニが6月の民主党予備選、そして今週の選挙で破ったのが、クリントン元大統領、チャック・シューマー上院院内総務といった民主党の重鎮がこぞって支持し、
父親もNY州知事を務める民主党重鎮であったアンドリュー・クォモ元州知事。
クォモには、エスティ・ローダーのローダー家、著名ヘッジファンダーのビル・アックマン、エアB&Bの創設者、ブルームバーグ元NY市長を含む 27人のビリオネアが
それぞれ億円単位の選挙資金を提供し、トランプ氏までもが支持を表明。
一方のマムダニには大企業スポンサーはゼロ。それでも9万人のボランティアが彼の選挙活動をサポートし、有権者との対話を重視する
昔ながらのグラスルーツ・ムーブメントを展開した結果、勝ち取ったのが過去56年で最多の100万を超える得票数。
しかし資金力に優るアンチ・マムダニ陣営は、AIで量産したネガティブ・ポストをSNS上に蔓延させ、世界各国のSNSでも溢れかえっていたいたのが それらを鵜呑みにした誤情報。
にも関わらず彼が支持率を伸ばし続け、メインストリート・メディアの中傷報道さえも跳ね除けたのは驚くべき快挙。
しかも彼が闘っていたのは、トランプ政権に迎合するビリオネア&共和党MAGA勢力だけでなく、昨年の大統領選挙以降、若手勢力との溝を深めていた民主党内の古参勢力という
2つの敵。加えてNYと言えばユダヤ系が多い街。特に9・11のテロ以降は「イスラマフォビア」が根強く、「イスラム教=テロリスト」という偏見がまかり通って来た訳で、
2025年にイスラム系NY市長が誕生するのは たとえ5年前でも論外と見なされたこと。とは言っても現在NY市に住むユダヤ系は96万人、
イスラム系は75万人。世界的にはユダヤ教徒は1480万人、イスラム教徒は20億人で、今後もユダヤ系の数的優位はどんどん狭まって行く気配なのだった。
マムダニ当選直後からは、ラッパーの50センツを含む多くの人々が「NYは終わった」、「NY RIP」といったコメントがSNSに溢れたけれど、
そう言われる理由の1つは、「マムダニが当選したら100万人以上の裕福なニューヨーカーがNYを出て行くとアンケート調査で回答した」とメディアが大きく報じたため。
しかしNY市の人口は848万人。そのうちの100万人以上がマムダニに投票し、グリーンカード・ホルダーを含む選挙権を持たない移民が約300万人、同じく参政権が無い18歳未満が174万人。
残りの274万人に対するピンポイントの聞き取り調査ならまだしも、ランダムなアンケート調査で100万人以上から州外脱出の回答を得るのは非現実的。
ちなみにマムダニの2%増税案の対象となるミリオネアは約39万人で、NY市のミリオネアの数はパンデミック以降の過去4年間で増え続けているのだった。
確実に言えるのはニューヨーカーのポリティカルIQの高さはワシントンDCに匹敵するハイレベルで、決して深く考えずにマムダニに投票した訳ではないということ。
またマムダニの選挙公約であるハウジング・コストのダウン、全市民をカバーする健康保険、富裕層に対する増税は過去の市長候補も掲げて来た政策。
公共バスの無料化、市が経営する食材店での安価な食糧提供については、既にブルームバーグ市長時代に一部で実施されてきたもの。さすがに安価なチャイルドケアは実現の
ハードルが高いけれど、こうした政策を社会主義者を自称するマムダニが訴えると、「低所得者や生活保護者を甘やかすフリービー(無償提供)」と勝手に解釈するのがアンチ勢力。
しかし実際にマムダニが掲げているのは 全米一家賃と物価が高い街に 「アフォーダビリティ(適正価格への是正)」をもたらすこと、そして職種や収入レベルに関わらず
真面目に働く労働者に尊厳を取り戻すこと。
そんなマムダニには、ブルックリンのラビを含むユダヤ系の33%が票を投じていたのだった。
私自身、春先に彼の存在を知った時は「イスラム教では選挙に勝てない。だからと言って13人の女性へのセクハラで辞任したクォモだけは支持できない」と考えて、別候補の擁立を望んだニューヨーカーの1人。
でもそんな状態からあっという間にマムダニ支持者に取り込まれたニューヨーカーは非常に多く、理由は彼が頭脳明晰で、スピーチが上手く、ユーモアのセンスに溢れたチャーミングなキャラクターと
優れたコミュニケーション・スキルの持主であるため。FOXニュースのような敵対メディアにも登場し、彼をやり込めたり、挑発する相手にも、正確なデータを交えながら穏やかに正論が語れるのは大きな魅力。
そんなマムダニを2008年の大統領選挙時のオバマ氏と比較する人々は多いけれど、カリスマ性や人間的魅力という点で 彼は紛れもなく政界の逸材。
だからこそ支持率1%から 僅か9カ月足らずで NY市長当選の偉業を成し遂げたと言えるのだった。
そんなマムダニ勝利で明確になったのが、民主党の旧勢力による緩い妥協政策では もはや国民の支持が得られないこと、そしてアメリカ国民も
時代の流れに応じてどんどん変わって来ていること。
アンケート調査によれば、社会主義をサポートするアメリカ人は今や35%、社会主義に反対する25%を上回っており、歪んだ資本主義が貧富の格差を開き、
ビリオネアしか勝ち組になれない状況が 国民意識を塗り替えつつあるのだった。現在までのアメリカでは、そのビリオネア側について トランプ政権を支持してきたのが
レッドステーツの貧困層。
一方今回の選挙でアンチ・トランプを掲げた マムダニ支持で結集したのは労働者階級、中流階級、そして上流下層部。
これらの層は深刻な住宅価格と物価の高騰、所得格差、政治家の汚職、超富裕層の特権意識と罪の不処罰に純粋な怒りを抱く人々であり、
昨年の大統領選挙以降、 最も政治に失望した人々。
その中には複数の仕事に従事してようやく生計を立てる低所得者層も居れば、AI解雇の不安を抱えるホワイトカラーの大学卒業者も含まれているけれど、
特筆すべきはマムダニを支持するIT大手の若手従業員が非常に多いこと。特にグーグル社員のマムダニ支持はメディアも驚くレベルなのだった。
その一方で、これまでは盲目的にイスラエル支持を打ち出してきたアメリカながら、共和党支持の若い世代を中心に急増しているのが反イスラエル思考。
9月末のNYタイムズとシエナ・ユニヴァーシティの共同世論調査によれば、イスラエルを支持する国民は過去最低の34%、対するパレスチナへの支持は35%。
ネタニアフ首相を戦争犯罪者と見なす声はNYのユダヤ系にも非常に多いのが実情。
マムダニは民主党予備選のディベートで、他の候補者が 「市長に当選したら、まずイスラエルを訪問する」と語ったのに対し、
「NYで仕事をする」と発言して政財界から猛批判を浴びたけれど、NYのみならずアメリカの有権者は「何故NY市長がイスラエルに肩入れする必要がある」という意見。
逆にアメリカが2028年まで、経済的に困っている訳でもないイスラエルに毎年39億ドルを国民の税金から支払うことを疑問視する声が高まっており、
親イスラエル派議員が国民から批判されるという逆転現象も起こり始めているのだった。
今回の市長選挙でマムダニ支持者が闘っていたのは、対立候補のクォモではなく 明らかにトランプ政権。そのためマムダニの勝利スピーチは トランプ氏に対する宣戦布告とも取れる内容。
「ドナルド・トランプに裏切られた国に 彼を倒す方法を示せるのは 彼を生み出した街だ。独裁者を恐怖に陥れる方法があるとすれば、それは彼が権力を構築した環境を解体すること」、
「我々は、トランプのような億万長者の脱税や減税を容認してきた腐敗政治に終止符を打つ」、「NYはこれからも移民の街であり続ける。移民によって築かれ、移民が原動力になってきた街。
そして今夜からNYは移民が率いる街になった」。
共和党政治家の中には「マムダニを国外追放にするべき」という意見が聞かれる一方で、トランプ氏はNY市への政府補助金の差し止めで脅しをかけているけれど、
マムダニの登場でようやく面白くなってきたのがアメリカ政治。 選挙後のSNS上で「NYは終わった」コメントと同じ位多かったのが、「マムダニ市長誕生に希望を見出した」と世界各国からNYを祝福するポストで、
アンチ、サポーターを問わず、政治や世の中の出来事に関心と意見を持つ人々、自分にできる行動を起こそうという人々が増えるのは歓迎すべきこと。
マムダニのようなキーパーソンが出て来ると、社会と世論はあっという間に時代が導く方向に動いていくだけに、今後はトランプ氏の体調問題も含め、
さらにいろいろな展開が見込まれるのだった。
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執筆者プロフィール 秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。 |


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